敬老する人がすでに老人?誰が誰を敬う日なのか…と考える敬老の日

今日は敬老の日ですね(予約投稿のため、日付にズレがあります)。
我が家が住んでる地域では、今年から敬老事業(集会所に地域のお年寄りが集合、会食や歌唱などを楽しんだ)がなくなりました。理由は人手不足です。
👵敬老事業が廃止になった
敬老事業は自治会主催で行われるため、昨年は夫も前日から手伝いに行っていました。この自治会というのが、シニア(つまりお年寄り)の集まりです。敬老事業に呼ばれるお年寄りは75歳以上ですから、それよりは若いが世間一般ではお年寄り。
自治会では63歳の夫が一番の若手なのですが、まだ年金生活に入れないため、仕事をしています。そう度々自治会のために時間を割けない。65歳以下の人たちは皆同じ境遇です。
すると、本当にお年寄りが主体となって、敬老事業を催さないといけないわけです。まあ、やってられない、ということになったのでしょう。
そう言えば実家の母(同じ市内に住んでいました)も70歳を過ぎても、敬老事業の手伝いにかり出されていました。
招待されるのではなく、手伝い…手伝いを母に求めた人も、70歳を越えていて「本当に大変だからお願い」と言ったそうです。言われた母も「嫌だ」とは言えなかったらしい。
しかし、手伝いに出かけた母だって70歳を越えているため、行けばとても疲れると言っていました。なぜ、自分がこんなことをしないといけないのか…という気持ちにもなったようです。
やはりこういうことは、無理がありますよね。子どもの保育をちょっと大きい子どもに任せないのと同じような気がします。敬老事業が廃止になったのは仕方のないことかもしれません。
🤲原因は人手不足だけじゃない
ただ、人手不足だけが敬老事業の廃止の原因ではないと思います。昨今の感染症予防の観点から、敬老事業で出す食事(お弁当を出していた)は持って帰ってはいけない、と言うことになっています。
何かあったら、自治会では責任が取り切れない、これはわかりますが、集まるお年寄りたちにしたら、市販のお弁当は多すぎるため、自宅でゆっくり食べたいわけです。夫の話によれば、昨年はほとんど箸をつけていないお弁当をいくつも廃棄したのだとか…
来るときは自分できちんと来られた人が、帰る段になると動けなくなることもあったそうです。夫によると眠り込んで動けなくなり、息子さんに迎えに来てもらったそうです。
これ、何事もなかったから良かったですが、もし病の始まりだったらと考えると怖いですね。自治会の人たちが『もう、敬老事業はできない、やりたくない』と思っても仕方がないような気がします。
まあ、結局『やってられない』となったのは同じですね。
👴敬老事業に頼らずにお年寄りを敬いたい
私たちが後期高齢者になったとき、もう敬老事業なんかなくなるんだろうな。
私はそれで構いません。実はこの地域、毎年婦人茶話会なるものがあり、おばさんたちが集結していました。
自分も立派な(?)おばさんであるにもかかわらず、それに出席するのが私は負担でした。
やはりお弁当やお菓子が出ましたが、食べきれず(というか、喉を通らなかった…)持って帰っていたっけ…
表面上は楽しそうにしていないといけないのが(別に強制されてはいませんが)、負担感の原因だったのかな…それを思うと、敬老事業はなくなって良かったような気がします。
敬老事業などに頼らずにお年寄りを敬えればいいのですが、それには一体何が必要なのでしょう。この点は難しいですね。やはり日々の心がけなのでしょうね。
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