昭和の子育て・果たしてこれで良かったのかと今でも思うが、それでは自分の子育ては?

今朝、「わたしもかわいく生まれたかったな」というタイトルの本の感想を記したブログを読みました。著者はお笑い芸人で、かなり有名な女性。
本の内容はタイトルの通り、容姿で周りの人たちと差別を受けた話が多かったようです。その内容について考えると、つい自分が育った昭和の時代を思い出してしまう…
昭和時代は容姿についてアレコレ言うのが当たり前?
昔の親(我が家では圧倒的に母親)は、平気で娘の容姿をけなしていたと思いますが、これは私の実家だけだったのでしょうか?私も相当言われましたよ。
色が黒いとか頭が大きいとか脚が短いとか…極めつけは「ブス子ちゃん」と呼ばれたことでした。こういうことを言っていた時、母は別に機嫌が悪いわけではなかったと思います。
いつもニコニコしながら言っていたっけ…私が怒ろうものなら「冗談よ。冗談。本当の親子だから言えるんだってば(この言い方は余計に良くないような気がします)」ととりなしていました。
だから、何となく怒る私の方が悪いような気がして、そんなに怒るのは辞めよう、とまで考えたのでした。このことをクラスメートなどに相談しても、誰一人「ひどいね」とは言いませんでした。
「冗談で言っているんじゃない?本当にブスだと思っていたら、口に出せないって」という返事が返ってきたのをよく覚えています。
そして、話を聞いていると門限(5時)に5分でも遅れると、ビンタを喰らうなどというクラスメート(女子)もいたため、まだウチはマシなのでは?などと思って自分を納得させていたのです。
自分で気にしていないと思っていても
しかし、例え親であっても自分の容姿をいじられるって、自分では大したダメージを負っていないと思っても、後になるとちゃんと影響が出ているような気がします。
現に私は娘たちが、自身の容姿について否定的な意見を言っても、それに対して何も言ってあげることができなかった。私が生んだから、娘たちは自分の容姿が嫌なのではないか、とまで思ってしまったのです。
私は自分の体験があったから、娘たちの容姿については何も言ったことがありませんでした。それでも、ネガティブなことを言う娘たちを見ていると『あ~あ』と思うだけで、どうすれば良いかはわかりませんでした。
娘たちに「そんなことはない」とは言いましたが、それを言っても娘たちの心には何も届いていないようでした。そりゃそうですよね。
母のやったことはもちろん良くないとわかりますが、それでは自分はどうすれば正解なのかは全然わからないまま…だから、ちゃんとした対応ができなかったのだと思います。
悪いことがわかっていたら、おのずと改善点もわかりそうなものですが、そんなに簡単なことではないんですよね。
子育ては素晴らしいものだが
子どもを生んで育てるってすごく面白いし、自分の人生が死んだ後もつながっていくんだな、と思うと死ぬことすら怖くなくなります。
だから、子どもを生むことについて異論はないのですが、ただ私のような親が他にもいるとしたら、子育ての素晴らしさも半減するのかな。
それにこんな50年以上前のことをまだ言われていると母が知ったら気の毒です。母ももう子育てはコリゴリだと言いそう。ただ、今では母が愚かだったとも思います。
自分の遺伝子を受け継ぐ存在にブスと言うとは、自分のことをブスと言っているに等しいことですから。
今の私にとって子育てとはとても素晴らしいが、下手に手を出すと痛い目を見るもの、なのです。
これがわかったからこそ、私は娘たちに早く結婚して子どもを…などと望まなくなったような気もします。ブス子と言われたこともムダではなかったのかもしれません。
朝っぱらからネガティブな内容ですが、前々から一度は言語化しておこうと思っていたので記事にしました。きっかけを与えてくださった熊太郎様、ありがとうございました。
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