建国記念日は我が家でも記念日・あり得ないケガの記憶に毎年気を引き締めていこうと考える

今日は2月11日、建国記念日です。24年前の今日、夫が突然入院しました。毎年2月11日が来ると、今年は何もありませんように、と思うようになりました。
24年前の2月11日、夫は職場でケガをしました。
夫のケガの理由はあおりを足に落としたから
ダンプの荷台の側面や後方に取り付けられている”あおり”と言う部分がありますが(かなり重いらしい)、それを自分の足に落としてしまったのです。
右足の親指の爪が割れて大量に出血。祝日だったため、同僚が自家用車で救急病院に連れて行ってくれたそうですが、調べてみると大変だったのは小指で、粉砕骨折をしていたのです。
これは壊死してしまうかもしれないということで、入院して血流を促す薬を点滴しましょうと言われたのです。しかし、どんなに点滴をしても、足の小指はどんどん真っ黒になっていきました。
その日から入院は1ヶ月以上に及びましたが、結局足の小指は切断されました。
夫婦げんかの翌日にケガをした夫
2月11日の朝、前の日から些細なことで私と夫はケンカをしており、私は朝起きずに夫は一人で会社に行きました。
そのまま昼になり、もうすっかりケンカのことも考えなくなった頃に夫から電話がかかってきたのです。まさか珍しく謝ろうとしているのかな?などと考えていたら「俺、入院することになっちゃって」と夫が言います。
足にあおりを落としちゃって、と言われましたが、その時の私にはあおりが何なのかもわかりませんでした。
入院中は毎日病院へ
入院中は毎日病院へ行きました。夫はほぼベッドから降りられなかったので、夫の代わりにいろいろな用事をこなすためです。
例えば食器を返すのも、当時の夫は他の人の手を借りないとできません。朝や晩は仕方がないけれど、昼ぐらいは私が行って食器を返して欲しいというわけです。
夫の入院した病院は整形外科。あの当時、整形外科の病棟はどこでも思い切り病室に人を詰め込んでいたので、居心地は最悪でした。
私が帰ろうとすると夫はいつでも「なんですぐに帰ろうとするんだ」と言っていたっけ…
まあ、ただのケガだから、いつかは退院できるとわかっていたため、あまりくらい気持ちにはなりませんでしたが、毎日病院へ行くってなかなかに大変でしたね。
正直、夫の足の小指を切断することが決まったとき、これで退院への道筋がつくのだと思ってホッとしてしまったくらいです(夫も同じことを言っていました)。
生活の心配はなくても…
夫が入院したというと、まず気になるのが生活費かもしれませんが、実は入院前日、夫はパチンコに行っていて珍しく大勝したのです。その金額は10万円以上。
それがなくなるころには、保険金だのなんだのが入金されたため、通常よりも家計は潤っているくらいでした。
しかし、それでも家に小さな子どもと自分だけ。防犯面では心細い思いをしました。それがたたったのか、夫の入院中に私の後頭部に500円玉ほどのはげができました。
夫のケガは仕方のないものだったのかもしれませんが(したくてする人はいないですから)、入院するほどのことになると、こうして家族にしわ寄せが行くんですね。
まだあの頃はギリギリ30代。今よりもずっと若くて元気だったはずですが、それでもとても大変だった記憶が今も消えません。
60代となった今、家族の誰かが入院することになったら…考えるだけでも恐ろしいです。だから、毎年気を引き締めるこの日を私は大切にしたいと思っています。
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