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60代が一番幸せって聞いて楽しみにしてたけど実際は…でも、本当の幸せは失って初めて気が付くのかもしれません

ゆみこねこ

幸せの青い鳥


私は現在61歳。もうすぐ61歳も半分終わってしまいます。実は50代のころに、人生で一番幸せなのは60代と聞いて、ちょっと希望を持っていました。



60代に希望を持って生きていたが…


50代のころ、私はすごく不幸というわけではありませんでしたが、お世辞にも幸せだとは言えなかった。


50代になってすぐに実家の母が亡くなりました。今思うとあっという間に亡くなってしまったのですが、当時はいろいろと大変だったのです。


長女(現在32歳)は美術系専門学校を卒業したものの、絵を描いて生きるといってフリーターだったし、次女(現在29歳)は大学を中退して引きこもりになりました。


いろいろあって無我夢中になり、気が付いたら自分も甲状腺の病気になっていました。


世の中にはもっと大変な状況の人がたくさんいる、私が不幸面をしてはいけないと思い、我慢をしていましたが、このままの状態でずっと生きていくことへの不安は大きかったです。


いつまで経済的に娘たちを支えれば良いのか、このままずっと娘たちを支えていると、自分たちの生活が立ち行かなくなるのではないか、などと考えてしまいました。


不安に立ち向かうにあたり、私には夫がいました。しかし、夫がいるだけではぬぐい切れないほど、不安は大きかったのです。


そんなときに50代はどん底、そこから這い上がれば、幸せな60代が待っているという記事に希望を持ったというわけです。自分でブログ記事も書きました。


前のブログを削除するまでは、読めます。お暇でしたら読んでみてください。


実際はどうだった?


実際に60代になった今、それで状況がかわったことは1つもありません。悪くなったことならありますが…(例えば夫の定年退職による経済状況の悪化)。


ただ、私が何も変わっていない不幸なままで、泣いて暮らしているかというとそうでもありません。長女とはもちろん、引きこもりの次女ともたまには冗談を言って笑いあったりしています。


ずっと不幸面の暗い顔で暮らすって、意外に難しいんです。どんなことがあったとしても、私たちはとりあえずご飯を食べて生きていかなくてはいけないし…


今でも夫は娘たちの将来に対して強い不安を覚えています(先日はそれで泣いていた)。私は思い煩うことに疲れてしまったのか、ほとんど娘たちのことを気にしなくなりました。


いろいろな状態を受け入れられること・それが幸せ?


かつては『こんな状態で私たちが死んだら、娘たちはどうなる?』と考えていましたが、自分が死んだ後のことは自分ではわからないのです。


次女にも「ゆみこねこに心配してもらっても困るよ。私が引きこもりなのは、私の問題だから」と言われました。


確かに娘たちが将来どうなるかは、娘たちの問題です。親がすべてを解決してやることはできないし、また解決してやるべきではないのでしょう。


こういう気持ちになったのは、私にとって幸せなことかもしれません(ちょっと気楽になった)。60代が幸せって、年齢を重ねることで、人生にはいろいろな状態があるものだと受け入れられるようになるから、かもしれないな~と思っています。


ちょっとアレだけど、まあまあ幸せな人生だと思っていた方が、結局は自分のためになるような…それが一緒に暮らす家族のためにもなるような気がします。


夫にも「もう、私たちが気にしても仕方がないよ」と言いたいのですが、そんなことを言ったら無責任だと怒られそうだな~。


私はとにかく1日、1日、自分ができることを精一杯やるだけです。


まあ、今が幸せかどうかって、今の生活が壊れてみないとわからないかもしれません。私にはそういう経験があります。今のこの生活も壊れてしまうと幸せだったな~、と懐かしむようになるんでしょうか?


ブログを読んでいる現在60代の皆さま、皆さまは幸せですか?

よろしくお願いします!